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地元の神田明神
2018年01月20日
こんにちは、マネージャーの熊野です。

今日は、ご商売されている方なら、すでにご存知の神田明神のお話です。
神田明神は、湯島天神の正面のとおりをひたすら歩くと左手にあります。そして、一ノ宮に大己貴命(だいこく様)、二ノ宮に少彦名命(えびす様)、三ノ宮に平将門命(まさかど様)の3柱を祀っています。

天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まります。神田はもと伊勢神宮の御田があった土地で、神田の鎮めのために創建され、神田ノ宮と称されました。

承平5年(935年)に平将門の乱を起こして敗死した平将門の首が京から持ち去られて当社の近くに葬られ、将門の首塚は東国(関東地方)の平氏武将の崇敬を受けたとされています。平将門神に祈願すると勝負に勝つといわれています。

江戸時代には神田明神と名乗り、周辺の町名にも神田明神を冠したものが多くありました。しかし、明治に入って神社が国家の管理下にはいると、明治元年(1868年)准勅祭社に指定され、その後、府社に列せられ、明治4年(1872年)に正式の社号が「神田神社」に改められました。1874年、明治天皇が行幸するにあたって、天皇が参拝する神社に逆臣である平将門が祀られているのはあるまじきこととされて、平将門が祭神から外され、代わりに少彦名命が茨城県の大洗磯前神社から勧請された事でも有名です。平将門神霊は境内摂社に遷されましたが、戦後1984年になって本社祭神に復帰しました。現在は神社本庁の別表神社となっている。また旧准勅祭社の東京十社の一社でもあります。

また、野村胡堂の代表作『銭形平次 捕物控』の主人公・銭形平次が当神田明神下の長屋に住居を構えていたという設定から、敷地内の本殿右手横に「銭形平次の碑」があります。

お近くにお越しの際には、少し足を伸ばして、歴史を感じる神田明神、湯島天神めぐりなども良いものですね。

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